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Posted by 京つう運営事務局  at 

2018年02月08日

上あごと上唇にあった亀裂はきれいになり、食事も言葉も支障がなくなった

 朝7時に始まった初日の手術は11件。術後の回診を終えると、午後10時を過ぎていた。4日間で0〜50歳の39人の手術が無事終わった。歯科用オイルレス エアーコンプレッサー

 「当初は手術中によく停電し、ヘッドランプが欠かせなかった」と佐賀大名誉教授の香月武さん(80)。25年前、ベトナムの高官が「魚でなく釣り道具がほしい」と言ったのを覚えている。状況は良くなってきたが、今も診療隊を頼りにする患者は多い。「自力で医療ができるように。釣り道具の作り方まで工夫してくれたら。戦後日本もたどってきた道だ」と語る。超音波スケーラー用チップ

 ベトナムでは、1986年以降のドイモイ(改革開放政策)がもたらした経済成長が続く。全般に医療水準は改善してきたものの、都市と地方の格差は大きく、グエンディンチュー病院のような中核病院には患者が集中。医療スタッフや機器などの絶対数も不足し、本来の機能を果たすのが困難な状況だ。

 「最新を提供し続けることが大事」と、協会常務理事の夏目長門・愛知学院大歯学部教授(60)。協会の活動は、病院の施設整備や貧困家庭への自立支援プログラム、現地人材の育成、学術調査・研究など徐々に広がりを見せている。

 今回の派遣には、3年前から愛知学院大に留学しているグエンディンチュー病院の口腔外科医トラン・リー・ユイさん(33)も参加した。手術の技術習得のほか、協会がこれまで治療した3千人以上の血液サンプルを使った日越協力の遺伝子研究にも取り組む。

 派遣中、ベンチェ省「日越医学友好学会」が設立された。省内の病院から350人が参加し、情報交換と医療の底上げを目指す。会場で初めての研究論文を発表したトランさんが、少し誇らしげに語った。「日本で学んだことが故郷の医学の発展に生きる。日越のかけ橋になれてうれしい」

http://teeths.blog.wox.cc/entry194.html  

Posted by athena  at 12:42Comments(0)

2018年02月08日

口唇口蓋裂診療隊 25年目のベトナム派遣

 NPO法人「日本口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)協会」(事務局・名古屋市千種区)の診療隊がベトナム・ベンチェ省で無償手術を始めて25年。全国の口腔(こうくう)外科医や看護師ら48人が参加した昨年12月の派遣では、現地に根付いた支援の新たな芽吹きも見て取れた。根管長測定器

 「お母さんに抱っこしてもらうのが一番。これで一気におとなしくなる」。診療隊が活動するグエンディンチュー病院。手術後の患者が運び込まれる回復室で、中部大教授の小児科医、馬場礼三さん(61)が笑った。麻酔からさめて泣いていた生後8カ月の男の子ファン・フー・クイちゃんが、母フンさん(34)の胸で安らかな顔を見せた。根管治療機器

 「こんなに小さくて手術は初めてだから昨夜は心配で。この子は寝ていたけど私は寝られなかった」。疲れた顔のフンさんが、やっとうれしそうに打ち明けた。次男クイちゃんは昨春にこの病院で産んだ。妊娠中に口唇裂が分かり悩んだが、診療隊のことを教わり、ずっと待っていたという。

 「どこのお母さんも一緒なんだなと思います」と派遣10年目の愛知学院大歯学部の口腔外科医、井村英人さん(39)。手術前はご飯ものどを通らない。気丈にしていても、無事に終わって安堵(あんど)と喜びで泣きだす人もいる。「治療の原点に立ち返る。保護者の不安を少しでも取り除くサポートが日本でもできれば」と話す。

 「アリガト」。おさげ髪のグエン・ティ・フィン・ユイちゃん(6つ)は、ベッドの上で覚えたばかりの日本語を繰り返し、手を振った。診察日の23日午前3時、姉に抱えられ、150キロ離れた自宅から母親のバイクで駆けつけた。一家は日雇いで生活が苦しく治療をあきらめかけたが、母が親戚に診療隊のことを聞き、治療につながった。

http://blog.eigyo.co.jp/luccye/article/306454  

Posted by athena  at 12:24Comments(0)